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青森地方裁判所 昭和61年(行ウ)5号 判決

原告

東北測量株式会社

右代表者代表取締役

有馬正継

右訴訟代理人弁護士

倉地康孝

被告

青森県地方労働委員会

右代表者会長

高橋牧夫

右指定代理人

貝出繁之

渡辺利雄

斎藤茂

高橋寛美

坂本眞

福士裕

上舘誠吾

被告補助参加人

全日自労建設一般労働組合青森県本部

右代表者執行委員長

工藤勝三

被告補助参加人

全日自労建設一般労働組合青森県本部東北測量分会

右代表者執行委員長

松原征夫

右両名訴訟代理人弁護士

山下登司夫

渡辺義弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が青地労委昭和五九年(不)第一二号不当労働行為救済申立事件について昭和六一年八月五日付けでした命令主文第一ないし第三項を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告及び補助参加人らの答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  補助参加人らは、昭和五九年一二月一一日、被告に対し、原告を被申立人として不当労働行為救済の申立てをしたところ、被告は、昭和六一年八月五日付けで別紙のとおりの救済命令(以下「本件命令」という。)を発し、右命令書の写しは、同月七日原告に送付された。

2  本件命令には、次のとおり事実認定及び法律判断を誤った違法があり、取消されるべきである。

(一) 本件命令主文第一項について

(1) 本件命令主文第一項に関し、補助参加人らが不当労働行為を構成するとして主張した具体的事実は、「原告が、補助参加人らの昭和五九年度賃金引上げ要求に対し、補助参加人らの求める原告の経営実態に関する具体的資料の提出を拒否したまま、単に受注が三〇パーセント減少したので賃金引上げはできないとの対応に終始したことは、誠実に団体交渉に応じたとはいえず、労働組合法七条二号に該当する不当労働行為である。」というものであり、補助参加人らが請求する救済の内容も右の事実に対する救済である。

しかるに、被告は、本件命令主文第一項において、昭和五九年度賃金引上げのみならず、補助参加人らから将来申し入れられることのあるべきすべての賃金引上げ及び一時金の団体交渉について、補助参加人らの求める原告の経営実態に関する具体的資料の提出を命じており、この点で、補助参加人らが不当労働行為を構成するとして主張した具体的事実以外の事実について不当労働行為の認定をした違法があり、かつ被告の裁量権の範囲を逸脱して、補助参加人らが請求する救済の内容を超える救済を認めた違法がある。

(2) また、被告は、本件命令主文第一項において、原告に対し、将来補助参加人らから申し入れられることのあるべきすべての賃金引上げ及び一時金の団体交渉について、誠意をもって団体交渉に応じるよう命じており、同項には、その内容として、「原告の経営実態を具体的に把握し得る資料を提出する等」と例示されているが、本件命令の理由をみても、これに限定ないし特定する趣旨とは解されないから、本件命令主文第一項は、原告の尽くすべき義務の内容を特定していない抽象的一般的救済命令であって、労働委員会の裁量権の範囲を超える違法な処分である。

(3) また、被告が本件命令主文第一項で原告に提出を命じている「経営実態を具体的に把握し得る資料」とは、少なくとも補助参加人らが本件不当労働行為救済申立事件において主張している「過去数年間の具体的受注状況・貸借対照表・損益計算書等の財務諸表、今年度の収支見込み、月別決算書」を含むものと考えられるが、原告には、法律上補助参加人らに対し、右のような原告の機密に属する資料を提出する義務はなく、これを提出するかどうかは、原告の経営権の範囲に属するものである。

したがって、原告がこれらの資料を提出しなかったからといって、これが補助参加人らに対する不当労働行為を構成するものではないし、被告がその提出を強制するのは原告の経営権を不当に侵害するものである。

(4) 仮にそうでないとしても、原告は、昭和五九年四月七日から昭和六〇年三月九日にかけての団体交渉において、補助参加人らに対し、当時の原告の受注額、売上額、経常損益及び営業総利益などの推移を決算書等に基づいて説明し、更に昭和六〇年四月三〇日の団体交渉において、補助参加人らに対し、右のほかにどのような経理上の数値を知りたいのか具体的に申し出て欲しい旨申入れ、これをめぐって更に団体交渉を続行することをなんら拒否していなかった。その後の団体交渉が進展しなかったのは、補助参加人らが原告の右申入れに応じ、スムーズに話合いを進展させようとする態度に出なかったことによるものである。

したがって、補助参加人らが、右申入れに対応して、提供を要望する経理上の項目を明らかにさえすれば、賃金引上げに関し実質的な団体交渉が行われる状態だったのであり、原告は、昭和五九年度賃金引上要求に関する団体交渉に誠実に応じたというべきであるから不当労働行為は成立しない。

(5) 補助参加人らは、実際には、昭和五九年度の賃金引上げに関する団体交渉の当時、原告の経営実態を具体的に把握し得る経理上の資料についてはすでにこれを入手し、詳細な経営分析まで行っていたのであり、同人らが原告に対し、右資料の提出を要求したのは、右経理資料自体を原告から提出せしめ、これを暴露して不当な対外宣伝活動に利用しようとする目的に出たものである。かくては、原告のいわゆる赤字経営の実態が、同業者、金融機関及び発注先などに知られることとなり、これにより原告は、信用を失墜し、仕事を失うことになるおそれがあった。そして、そのことは、右(4)のような団体交渉の経過から明らかである。

したがって原告が補助参加人らが要望する右経理資料そのものを提示しなかったことには正当の理由があるというべきであるから不当労働行為は成立しない。

(6) 仮にそうでないとしても、補助参加人らは、遅くとも昭和六〇年四月三〇日の団体交渉の当時、原告の経営実態を具体的に把握し得る経理上の資料についてはすでにこれを入手しており、そうでないとしても、右団体交渉において原告がどのような経理上の数値を知りたいのか具体的に申し出て欲しい旨申入れたのに、これに対応する申出をしなかったのであるから、これによって補助参加人らには救済利益がなくなったというべきであり、本件命令には、この点についての判断を誤った違法がある。

(二) 本件命令主文第二項について

(1) 被告は、本件命令主文第二項で、「原告は、補助参加人らと誠意をもって協議した上でなければ、希望退職者の募集及び指名解雇を行ってはならない」として、原告が将来行うことあるべきすべての希望退職者の募集及び指名解雇に当たって、補助参加人らと事前協議をすべきことを命じているが、これはあまりにも包括的一般的な救済命令であり、また原告の使用者としての固有の権能に対する不当な制約であって違法である。

(2) 被告は、本件命令主文第二項に関し、「雇用調整のように労働者の身分に直接関係のある行為をなす場合、たとえそれが全従業員を対象としたものであっても、企業に労働組合が存在している以上、会社には、労働組合に対し、雇用調整の必要性について、誠意をもって具体的な説明をする義務がある」旨判断し、このような見解を前提として、原告が実施した第一次希望退職者の募集並びに第二次希望退職者の募集及び指名解雇についての発言を、補助参加人らに対する不当労働行為であると認定している。

しかしながら、希望退職者の募集は、単なる労働契約の合意解除の申入れないしその誘引にすぎず、原告がこれを実施するのに、補助参加人らと事前に雇用調整の必要性につき誠意をもって協議をしなければならない義務など存在しない。また指名解雇についても、解雇である以上、権利濫用にわたらない限り原告において一方的になし得るものである。

したがって、原告が補助参加人らと事前協議を行わないまま希望退職者の募集及び指名解雇の発言をしたとしても、そもそも不当労働行為が成立するものではない。

(3) 仮に、原告に右のような事前協議の義務があるとしても、原告の実施した希望退職者の募集は、いずれも全従業員を対象とし、しかもこれに応ずるか否かは従業員の自由に委ねられていたのであり、また原告は、補助参加人らから団体交渉の申入れがないにもかかわらず、希望退職者の募集に当っては、事前に補助参加人らに対し、希望退職者募集の必要性やその募集方法などについて説明し、補助参加人らの協力を要請した上でこれを実施しており、またこの点について、補助参加人らからなんら問題とされたこともなかったのである。

したがって、これが補助参加人らに対する不当労働行為となることは到底考えられないことである。

(4) 被告は、本件命令の理由中で、原告が昭和五九年一〇月一七日の団体交渉においてなした発言を、原告が指名解雇を実施しようとしてその旨を告げ、解雇基準まで発表したものであるかのごとく促え、これを補助参加人らに対する不当労働行為である旨認定している。

しかしながら、原告は、右の団体交渉において、補助参加人らに対し、当時の状況として、希望退職者の募集による人員削滅ができない場合には、指名解雇もあり得るとして、一応その場合の解雇基準の構想について説明したのであって、これをもって、原告がこれから指名解雇を実施しようとして提案したとか、その実施を通告したと解することはできない。ましてや原告代表者は、被告の審問廷において当面指名解雇を行う考えのないことを明らかにしているのであるから、被告の前記認定は誤っており、これを前提とする本件命令主文第二項は違法である。

(5) また、被告は本件命令の理由中で、「指名解雇の発言については、その解雇基準にもっぱら組合員を対象としていると見られてもやむを得ない条項が含まれている」と認定しているが、原告が説明した解雇基準の構想が正当な組合活動を行った組合員を対象としているものでないことは明らかであるから、右認定は全く不当違法なものである。

(三) 本件命令主文第三項について

以上のとおり、被告が、本件命令で認定した不当労働行為はすべて成立する余地がないものであるから、これを前提とする本件命令主文第三項もまた違法な命令であって、取り消されるべきである。

(四) 本件命令理由中の「第1 認定した事実」に対する認否

(1) 「1 当事者」について

〈1〉 同(1)の事実は認める。ただし、原告の従業員数は、本件命令が発せられた昭和六一年八月五日当時、七一名であった。

〈2〉 同(2)の事実は不知。

〈3〉 同〈3〉の事実中、組合員数は不知、その余は認める。

(2) 「2 分会結成後の労使関係」について

〈1〉 同(1)の事実は認める。ただし、当時、団体交渉の応諾・促進をめぐって、原告と補助参加人らとの間で生じていた対立の原因についての正当な認定を欠く点は不当である。原告と補助参加人らとの団体交渉がスムーズに持たれなかったのは、補助参加人らに責任がある。

〈2〉 同(2)の事実は認める。

(3)「3 昭59年度賃金引上げ要求に関する団体交渉の経過」について

〈1〉 同(1)及び(2)の各事実は認める。

〈2〉 同(3)の事実は認める。ただし、補助参加人らが、当該団体交渉において、原告に対し、原告の経営実態についての詳しい説明を求めた訳ではなく、簡単なやりとりで終わっている。

〈3〉 同(4)の事実は認める。

〈4〉 同(5)の事実中、補助参加人らが、当該団体交渉において、原告に対し、受注減少に関する具体的資料の提出を要求したことは否認し、その余は認める。

〈5〉 同(6)の事実は認める。

〈6〉 同(7)の事実中、補助参加人らが、当該団体交渉において、原告に対し、昭和五八年度の決算書の提出を要求したが、原告がこれに応じなかったことは否認し、その余は認める。原告が右団体交渉において、補助参加人らに対し、決算書の内容について十分説明する旨回答した事実を認定していないのは不当である。

〈7〉 同(8)の事実中、原告が具体的に指名解雇を実施しようとしてその旨を告げたこと及び原告が単に経営損失の額を説明したのみで、補助参加人らに資料の提出を拒否したことは否認し、その余は認める。原告は、補助参加人らに対し、経常損失の額のみならず、原告の経営実態や経営の先行きの見通しについても説明した。

〈8〉 同(9)の事実は認める。

(4) 「4 当委員会に対する救済申立て」の事実はすべて認める。

(5) 「5 その後の団体交渉の経過」について

〈1〉 同(1)の事実は認める。ただし、原告が、当該団体交渉において、補助参加人らに対し、原告の経営実態や経営の先行きの見通しについて説明した事実を認定していないのは不当である。

〈2〉 同(2)の事実は認める。

〈3〉 同(3)の事実は認める。ただし、原告が、当該団体交渉において、補助参加人らに対し、決算書のどの項目について説明を求めるのか明確にするよう申し入れたのに、補助参加人らがこれに応じようとしなかった事実を認定していないのは不当である。

〈4〉 同(4)の事実は認める。ただし、原告が、当該団体交渉において、補助参加人らに対し、測量業界の置かれている厳しい経営環境についても説明している事実を認定していないのは不当である。

〈5〉 同(5)の事実は認める。

〈6〉 同(6)の事実は認める。ただし、原告が、当該団体交渉において、補助参加人らに対し、決算書のどの項目について説明を求めるのか明確にするよう申し入れたのに、補助参加人らがあくまで、貸借対照表、損益計算書、指名通知書を含む営業報告書等の提出に固執し、原告代表者の申入れに応じなかった事実を認定していないのは不当である。

3  よって原告は、本件命令主文第一ないし第三項の取消を求める。

二  請求原因に対する被告及び補助参加人らの認否

1  請求原因1の事実は認め、同2は否認ないし争う。

2  本件命令の理由は、本件命令中の理由欄記載のとおりであり、被告の認定した事実及び判断に誤りはない。

三  被告及び補助参加人らの主張

1  労働委員会の救済命令において、労働委員会は、申立てにかかる具体的事実が不当労働行為に該当すると判断した場合、その裁量により個々の事案に応じた適切な是正措置を命ずることができるのであり、特に、認定した不当労働行為と同種、類似の不当労働行為が繰り返されるおそれがあるときは、これを防止するため将来にわたる救済命令を発することもできるものとされる。

したがって、被告が原告に対し、昭和五九年度賃金引上げのみならず、補助参加人らから将来申し入れられるべき賃金引上げ及び一時金の団体交渉について、原告の経営実態に関する具体的資料の提出を命じ、あるいは将来原告が行おうとする希望退職者の募集及び指名解雇について、事前に補助参加人らとの協議を命じたからといって、これが直ちに、補助参加人らが不当労働行為を構成するとして主張した事実以外の事実について不当労働行為の認定をしたことになるものではなく、また被告の裁量権の範囲を逸脱して、補助参加人らが請求する救済の内容を超える救済を認めたこととなるものではない。

特に、本件命令主文第一項についていえば、本件においては、原告は、昭和五九年度のみならず、本件命令に至るまでの間、すべての賃金引上げ、一時金支給に関する団体交渉において、「原告の経営実態を具体的に把握し得る資料を提示」する等しておらず、今後も認定した不当労働行為と同種、類似の不当労働行為を繰り返すおそれがあるから、被告が将来にわたる救済を命じたことは、裁量の範囲内にあったものというべきであって、これらの点に関する原告の主張には理由がない。

そして、そのことは本件命令主文第二項についても同様である。

2  被告は、本件命令主文第一項において、「誠意をもって団体交渉に応じる」ことの内容として「経営実態を具体的に把握し得る資料を提示する等」と例示して、これを明確にしているのであるから、これが、原告の尽くすべき義務の内容を特定していない抽象的一般的救済命令であるとする原告の主張は不当である。

四  補助参加人らの主張

使用者が形式的には労働組合を承認し、団体交渉を行う形をとるとしても、実際には団体交渉による労働条件の決定を望まず、労働組合の要求に一切応じ難い旨を表明するのみで、なんらの譲歩、妥協の余地も認めず、自己の立場を固執するならば、実質的には団体交渉が行われないに等しい。したがって、使用者と労働組合との間で実質的な団体交渉が行われるためには、妥結に向けて、使用者の労働組合に対する誠意ある説得の努力が必要であり、それには、使用者の判断の基礎となる資料・情報が組合にわかるように提供されなければならない。なぜならば、その資料・情報の圧倒的なものは使用者の手中にあるからである。

そして、その情報提供の程度は、問題解決の切実さとの相関関係において決定されることは明らかである。使用者が従業員に対し、自己の例年の取扱や他企業との対比において異常な取扱をすることを強調するかぎり、団体交渉の相手方である労働組合に具体的に納得できる資料・情報を提供することは使用者に第一義的に課される誠実団交義務の内容をなすものである。

本件においては、原告は、補助参加人全日自労建設一般労働組合青森県本部東北測量分会(以下「分会」という。)が結成された昭和五八年三月以降五年以上にわたって、昭和三二年ないし三三年頃からの約二五年間の取扱に反して、ただの一回も賃金引上げ並びに夏期及び冬期一時金の支給を実施せず、現在にまで至っている。このため、原告の従業員は、現在、年収の比較で同業他社の約二分の一から五分の二程度という異常な低賃金状態に置かれているのである。また、原告は、たとえばその資産中に二二五万株(時価約九億円から一七億円)にのぼる株式会社青森銀行の株式を有するなどしているのであるから、その一部なりとも処分することにより常識的な賃金引上げ、一時金の支給ができないのかなどの疑問がでるのは当然のことである。

したがって、これらの異常な事態や疑問に対するためにも、原告には補助参加人らに対し、経営実態を具体的に把握し得る資料を提供する義務があるというべきである。

第三証拠(略)

理由

一  本件命令

補助参加人らが、昭和五九年一二月一一日、被告に対し、原告を被申立人として不当労働行為救済の申立てをしたところ、被告は、昭和六一年八月五日付けをもって本件命令を発し、右命令書の写しが同月七日原告に送付されたことは当事者間に争いがない。

二  当事者

1  原告が、地上測量及び空中写真測量の請負並びに建設コンサルタント業務等を営む会社であることは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、原告は、このほかに不動産売買及びこれに付帯する事業なども行っていること、分会が結成された昭和五八年三月当時の従業員数は約一〇〇名、本件命令が発せられた昭和六一年八月当時の従業員数は約九〇名であったことが認められる。

2  弁論の全趣旨によれば、補助参加人全日自労建設一般労働組合青森県本部(以下「県本部」という。)は、全日自労建設一般労働組合の下部組織であり、組合員数は、昭和六一年八月当時六一五名であったことが認められる。

3  分会が、昭和五八年三月六日結成され、原告の従業員で構成する県本部の下部組識であることは当時者間に争いがなく、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、組合員数は、結成当時七二名、昭和六一年八月当時一九名であって、もっぱら原告の地上及び空中写真測量の請負部門に従事していたことが認められる。

三  本件の経過

1  本件命令書理由中の「第1 認定した事実」のうち、以下の事実は当事者間に争いがない。

(一)  同2(1)及び(2)の各事実

(二)(1)  同3(1)ないし(4)の各事実

(2)  同3(5)の事実中、補助参加人らが当該団体交渉において、原告に対し、原告の受注減少に関する具体的資料の提出を要求したことを除く、その余の事実

(3)  同3(6)の事実

(4)  同3(7)の事実中、補助参加人らが当該団体交渉において、原告に対し、昭和五八年度の決算書の提出を要求し、原告がこれに応じなかったことを除く、その余の事実

(5)  同3(8)の事実中、原告が具体的に指名解雇を実施しようとしてその旨を告げたこと及び原告が単に経常損失の額を説明したのみで補助参加人らに資料の提出を拒否したことを除く、その余の事実

(6)  同3(9)の事実

(三)  同5(1)ないし(6)の各事実

2  右争いのない事実、(証拠略)によれば、以下の事実が認められ、(証拠略)並びに原告代表者の供述中のこの認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし直ちに措信できず、他にこの認定を履すに足りる証拠はない。

(一)  分会結成から昭和五九年度賃金引上交渉開始までの経過

(1) 補助参加人らは、分会結成直後の昭和五八年三月七日付け及び一〇日付けで原告に対し、〈1〉昭和五八年度(原告の会計年度は、対応する歴年の七月一日から翌年六月三〇日までである。以下同じ。)の賃金を引き上げること、〈2〉時間外労働に対し労働基準法に従った法定賃金を支払うこと、〈3〉退職金共済制度の内容を明確にすること、その他の要求について団体交渉を申入れ、その後、同年五月四日、二一日、二三日、二五日及び二六日付けでも同趣旨の団体交渉を申し入れたが、原告との間で、団体交渉の場所、日時、交渉委員の人数等の交渉条件について合意が成立しなかったことなどから、同年三月三一日に一度だけ団体交渉が行われた以外は、前記各申入れに基づく団体交渉は行われなかった。

(2) 右三月三一日の団体交渉において、原告は、補助参加人らの前記の各要求に対し、後日答える旨回答し、同年四月二八日付けで、補助参加人らに対し、〈1〉経費高、受注不安、租税公課の増大、公共投融資の削減など関連産業の不振のため賃金引上げには応じられない、〈2〉労働基準法に基づく残業手当て等の支払要求については、過去の分を一律に支払うことは問題があり、労働基準監督署の指導を受ける。〈3〉退職金共済掛金の問題については、同年四月から廃止しており、従前給料から天引して積立てていた分については、七月一日に元利金を返済するよう努力するなどと文書で回答したが、右共済掛金の内容は明らかにしなかった。

(3) これに対し、補助参加人らは、同年四月六日、一一日及び同年七月二九日、被告に対し、原告を相手方として、団体交渉の応諾、賃金引上げ、夏期一時金及び残業手当ての支給、退職金共済制度の継続に関する斡旋を申し立て、補助参加人らの上部組織である全日自労建設一般労働組合などを通じて、同年五月及び六月ころ、建設大臣、青森市及び東北地方建設局に対し、原告が分会結成後不当労働行為をしているとして、実態調査を行い行政指導をするよう要請文を提出した。そのほか、補助参加人らは、原告が不当労働行為をしている旨のビラを青森市内その他で一般に配付した。

(4) 右補助参加人らの申立てによる被告の斡旋により、補助参加人らと原告との間で同年六月七日から七月二五日まで被告の会議室を使用して六回にわたり団体交渉が行われ、この場において、補助参加人らは、平均二〇パーセント二万九〇〇〇円の賃金引上げ、二・三ケ月分の夏期一時金の支給、残業手当てを労働基準法どおりに支払うこと、共済金制度の内容を明らかにすることなどを要求したが、原告は、文書による回答の内容を繰り返し、夏期一時金についても、賃金引上げと同様の理由で応じられないとして拒否した。

(5) 補助参加人らは、同年九月二九日付けで、原告に対し、前記賃金引上げ等を含む継続項目などについて団体交渉を申し入れたが、原告は、原告の態度は既に被告会議室で行った団体交渉のとおりであるなどとして、これを拒否した。

(6) 補助参加人らは、同年一一月一二日付けで、原告に対し、これまでと同様に賃金引上げ、夏期及び冬期一時金の支給、残業手当て並びに退職金共済掛金などの問題について団体交渉を申し入れたが、原告は、逆に同月一九日付けで、補助参加人らに対し、雇用調整についての団体交渉を申し入れた。

補助参加人らは、原告が団体交渉を拒否しているとして、同月二五日、被告に対し、原告を相手方として、不当労働行為救済申立て及び団交促進の斡旋申立てをしたが、団体交渉には至らなかった。

(7) 同年一二月二四日、原告と県本部及び分会との間に、個別に団体交渉ルールに関する協定が成立した。

(8) 原告は、昭和五八年一二月二九日、県本部との間で過去の時間外手当ての支払い等について協定を締結し、従業員らに対し、過去二年間の時間外労働について労働基準法による法定賃金と実際の支給額との差額の支払いを約し、昭和五八年度中に、合計二七〇〇万円を支払った。

また、原告は、昭和五八年七月一日以降、従業員に対し、過去給料から天引きしていた退職金共済掛金について、その元利金として合計約八三五〇万円を従業員の口座に振り込んで返還したが、その明細については依然として明確にしなかった。

(9) 補助参加人らは、昭和五九年二月二二日付で、原告に対し、退職金共済掛金の問題等について団体交渉を申し入れたが、原告は団体交渉の申入れが、補助参加人らの連名であることを理由に、申入書の受領を拒否した。

(10) 原告においては、結局、昭和五八年度は、従業員に対して賃金の引上げは行われず、夏期及び冬期一時金も支給されなかった。また、原告は、昭和五八年三月の分会結成のころから、従業員に一切残業をさせなくなった。

(二)  昭和五九年度賃金引上げ等に関する団体交渉の経過

(1) 補助参加人らは、昭和五九年三月一六日及び二一日付けで、原告に対し、昭和五九年度賃金引上げ等について団体交渉を申し入れたが、原告は、いずれも申入れが補助参加人らの連名であることを理由に、申入書の受領を拒否した。

(2) 原告と補助参加人らとは、同年四月七日、原告の申入れに基づき、雇用調整等について団体交渉を行った。原告は、原告の昭和五八年四月から昭和五九年三月末までの一年間の受注額が、それ以前の四年間の平均に対し三〇パーセント減少し、対前年比では約三億六〇〇〇万円減少したので、このままでは従業員のうち二〇パーセントの雇用調整をせざるを得ないと発言した。補助参加人らは、これに対し、原告の経営状態を具体的に説明するよう要求し、更に原告が従業員に残業させない一方で、下請けへの発注を続けているのは不当であるから三六協定を締結したい、原告は、過去大幅な残業をさせていたのだから、不動産など相当の内部留保があるのではないか、などと原告に対し釈明を求めたが、原告は右の発言を繰り返すに止まった。

(3) 原告と補助参加人らは、同年六月二日、県本部の申入れに基づき、昭和五九年度賃金引上げ及び退職金共済掛金の問題等について団体交渉を行った。補助参加人らが、基本給の二四・八六パーセント、平均三万一九〇〇円の賃金引上げを要求したのに対し、原告は、〈1〉補助参加人らが建設大臣あてに要請文を出したため受注が減少した。〈2〉補助参加人らが青森市内で配付した嘘八百のビラのせいで金融機関からの借入れに支障が出ているとして、原告を存続させるためには人員整理しかない現状にあり、出張所の閉鎖などの経費削減に努めているが、賃金引上げには応じられない旨回答した。また、補助参加人らが退職金共済掛金の内容を明確にするよう要求したのに対し、原告は、昭和五八年七月一日以降元利金を返還したことで決着が付いているなどとしてこれに応じなかった。

(4) 原告と補助参加人らとは、昭和五九年六月二五日、県本部の申入れに基づき昭和五九年度賃金引上げ及び退職金共済掛金の問題等について団体交渉を行った。補助参加人らからの前回同様の賃金引上げ要求に対し、原告は、受注が三〇パーセント減少しているので、賃金引上げはできない、原告としては、会社再建の第一段階として人員削減を考えていると回答した。補助参加人らは、これに対し、受注減少というが、実際どのような内容になっているのか、どの部門でどれだけ受注が減少しているのか、同業他社との比較ではどの程度の受注減少になるのか等について具体的な資料を提出して、説明するよう要求したが、原告は、受注量は減少している、建設省・税務署等に書類を提出しているので見にいったらよい、説明の仕方が何であれ資料を出す必要はないなどと発言して、原告の経営実態について、いままで以上の具体的説明をせず、資料の提出を拒否した。

(5) 原告は、同年七月一日付けで、同日から同年九月三〇日までを募集期間として、従業員に対し第一次希望退職者の募集を行い、八名の従業員がこれに応じた。

(6) 原告と補助参加人らとは、同年七月一四日、県本部の申入れに基づき昭和五九年度賃金引上げ等について団体交渉を行った。補助参加人らからの前回同様の賃金引上げ要求に対し、原告は、現在の経営状態では、昭和六一年三月までは、賃金の引上げも一時金の支給もできないし、昭和六〇年四月には、現在の賃金体系を能力給の考えを取り入れた賃金体系に換える予定であるから、現在賃金引上げには応じられない旨回答した。補助参加人らは、これに対し、受注減少や原告の経営状態を示す財務資料を提出するよう要求したが、原告は、昭和五七年度はいわゆる赤字決算であったと口頭で説明しただけで、原告の経営実態についてそれ以上具体的な説明をせず、資料の提出にも応じなかった。

(7) 原告と補助参加人らとは、同年一〇月一七日、原告の申入れに基づき人員削減の具体的方策について団体交渉を行った。原告は、原告を存続させるために、遅くとも昭和六〇年六月三〇日までに、約一〇〇名いる従業員を七〇名まで削減したい、その具体的方策としては、勧奨退職や第二次希望退職者の募集等を行い、それでも予定の削減人員に達しない場合には、指名解雇を行わざるを得ない、また人員削減ができたとしても、賃金の引上げ、一時金の支給ができるかどうか不明であると発言し、更に原告は、指名解雇の基準となるのは、〈1〉技術も能力も低い者、〈2〉病弱者、身体虚弱者、〈3〉出勤状態の良くない者、〈4〉職務怠慢な者、〈5〉原告の規則を乱している者、〈6〉原告の業務に協力しない者(原告や管理者を不当に誹謗、批判したり、勤務時間中組合活動や私用等をし、作業との区別をせずに、作業以外のものを優先感覚でやっている者)、〈7〉原告経営の効率化に協力しない者(原告が潰れてもよいと公言する等、無責任な言動を省みない者)、〈8〉生産意欲を燃やすべきときなのに、それを減殺する行為をする者、〈9〉協調性のない者、〈10〉原告の社会的信用を保持するのに不適当な者(具体的には「嘘八百」のビラを撤いたりして、原告の信用を失墜させる者、建設省に原告は不当労働行為をしているから発注するな等の受注妨害をして、原告の首を絞めている者)であると発言した。

これに対し、補助参加人らは、人員削減は重要な問題であるから、原告が受注の減少状態や部門毎の経営状態等を示す具体的資料を提示したうえで、人員削減を実施しなければならない根拠を明確にしなければ納得できないし、資料がなくては補助参加人らとしの対応を決めることもできないと、資料の提出及び詳細な説明を要求したが、原告は、〈1〉昭和五八年度の決算で二五三八万円の経常損失が出たが、賃金引上げや一時金の支給をしていれば、前年度はこれが六二〇〇万円、今年度は九〇〇〇万円余りの赤字であったはずである、〈2〉昭和六一年度後半には、仕事の三〇パーセントを占めていた道路台帳の仕事がなくなるので、受注が減少する見通しであるなどと口頭で説明したほかは、原告の経営実態について具体的な説明をせず、資料の提供もしなかった。

なお、原告代表者有馬正継は、その席で、更に、資料の提供について、「会社の決算書は外部に漏らしてはいけない。たとえ企業内組合であってもだめである。ましてや全国組織の共産党系の組合には一切教えない。」「ただ説明しても納得のいかない者はいくらやってもだめだ。ましてや建設一般などという組合はだめである。」などと発言し、指名解雇について、「組合の執行部でも遠慮なく行う。委員長も関係なく行う。」などと発言したほか、「(組合が)自分の会社の妨害をしているので、私は労働委員会に行って、建設一般は組合ではないと訴えた。組合法二条に違反している。私の会社にたちの悪い組合ができたものだよ。」「たまたま私の会社は一年半前に組合ができたが、組合ができてから受注減になり、会社は今から合理化ができる。」などと発言した。

(8) 原告は、昭和五九年一一月一日付けで、「人員削減の具体的方針について」と題する前記団体交渉における原告側説明の概要を記載した社報を従業員各自に配付するとともに、事務所内に掲示した。

(9) 原告は、結局昭和五九年度についても賃金引上げを行わず、夏期及び冬期一時金も支給しなかった。

(三)  本件不当労働行為救済申立て以後の経過

(1) 原告と補助参加人らは、昭和五九年一二月四日、県本部からの申入れに基づき、同年度の冬期一時金について、団体交渉を行った。補助参加人らは、一時金として基本給の二・八ケ月分、平均三七万八〇〇〇円を要求したが、原告は、今後原告の測量部門の受注の三割を占める道路台帳の仕事がなくなるので経営の見通しが暗い、二年連続の赤字決算を出すと官公庁からの受注ができなくなるなどと述べ、要求は検討する旨回答した。

(2) 原告は、同月一五日、従業員に対し、同月一六日から昭和六〇年一月一五日までを募集期間とする第二次希望退職者の募集を実施した。

(3) 原告は、昭和五九年一二月二二日、県本部に対し、冬期一時金の支給はできない旨文書で回答した。

原告と補助参加人らは、昭和五九年一二月二九日、県本部からの申入れに基づき、同年度の冬期一時金について、団体交渉を行った。補助参加人らの前回同様の要求に対し、原告は、経営不振であり、先行きの見通しも暗いので、支給できない旨繰り返した。補助参加人らは、これに対し、その根拠となる決算書の提出を要求したが、原告は、書類を見せなくとも説明でも同じである、決算書は安易に外部に出せるものではないなどとして提出を拒否した。

(4) 原告と補助参加人らとは、昭和六〇年三月九日、県本部の申し入れに基づき、昭和六〇年度賃金引上げ及び昭和五九年度の一時金支給について団体交渉を行った。補助参加人らが賃金引上げ一時金支給を要求したのに対し、原告は、経営不振であるから応じかねるが検討すると回答した。補助参加人らは、これに対し、原告の経営実態を示す資料の提出を要求し、原告が受注減少を言いたてながら下請けへの発注を増大させていることについての釈明を求めたが、原告は、次のとおり昭和五六年度から昭和五八年度までの各年度毎の受注額、原価、一般管理費及び営業利益の各数値を黒板に書いて示し、下請けへの発注を減らす考えはないと回答したほか、仮に受注量が増大したとしても、昭和六〇年四月以降の受注状況を見極めなければならないので、同年九月三〇日に判明する昭和五九年度の決算を見ないと賃金引上げについてはっきりした回答はできないと返答した。

(5) 原告は、昭和六〇年三月一五日、従業員に対し、同月一六日から三一日までを募集期間とする第三次希望退職者の募集を実施し、希望退職者の募集は今回が最後である旨通知した。

〈省略〉

(6) 原告は、同年四月八日、補助参加人に対し、賃金引上げ及び一時金の支給はできない旨文書で回答した。

(7) 原告と補助参加人らとは、同年四月三〇日、県本部の申し入れに基づき、昭和六〇年度賃金引上げ等について団体交渉を行った。原告は、過去三年間の決算状況は、前回の団体交渉で黒板に書いて説明したとおりであり、賃金引上げはできないと回答した。補助参加人らは、これに対し、その根拠となる原告の経営実態を示す貸借対照表、損益計算及び指名通知書を含む営業報告書その他の提出を求めたが、原告は、決算書は秘密にすべきものであるから提出することができない。補助参加人らの要求する資料でなにが判るのか、決算書を見ても話している内容に変わりはない、決算書のどの項目を知りたいのかはっきり言ってくれ、要望する項目については説明するなどと返答し、資料の提出には応じないかった。

3  原告の経営状態について

(一)  前示認定の事実(証拠略)によれば、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告は、昭和二九年設立された会社であり、本件命令が発せられた昭和六一年八月当時の資本金は九〇〇〇万円であった。原告の営業は、主として〈1〉測量及びこれに付帯する部門と〈2〉不動産売買及びこれに付帯する部門からなっており、そのうち測量部門は、航空測量部門を持つなど東北地方では最大手の地位にあり、全国的にも業界上位にランクされていた。

原告は、昭和三二年ないし三三年度から昭和五七年度まで、毎年四月に従業員の賃金引上げを行い、七月及び一二月にはそれぞれ一・五ケ月ないし二ケ月分程度の夏期及び冬期一時金を従業員に支給していた。

(2) 原告の昭和五三年度から五八年度までの売上額、経常利益の推移は次のとおりである。

売上額 経常利益

五三年度 八億四七九四万三〇〇〇円 六七六〇万九〇〇〇円

五四年度 九億三六五六万五〇〇〇円 五〇八二万五〇〇〇円

五五年度 九億八八四〇万二〇〇〇円 五八四四万六〇〇〇円

五六年度 一一億四五六〇万七〇〇〇円 三五〇一万六〇〇〇円

五七年度 八億七九〇四万一〇〇〇円 二五三万八〇〇〇円

五八年度 七億四六五九万七〇〇〇円 △二五四四万六〇〇〇円

(損失)

また受注額は、昭和五八年三月以前の四年間は、平均一〇億円台で一定しており、これを消化するため、原告の従業員はその当時平均月五〇時間、最大一〇〇時間近くの残業をこなしていた。

(二)  ところで、(証拠略)によれば、右昭和五八年度の経常損失二五四四万六〇〇〇円の中には、前示認定の昭和五八年三月以前二年間の時間外労働に対する法定賃金の支払い分約二七〇〇万円が含れるものと認められるから、このうち昭和五七年度以前の労働に対して支払われた分を差し引くと、昭和五八年の実質的な経営損失は、右の数値をかなり下回るものと推認される(なお、前示退職金共済掛金の支払いがこの中に含まれるかは不明であるが、これを考慮に入れるときは、損失の数値は更に小さくなり、利益が出ていた可能性も否定できない。)。

(三)  また、(証拠略)によれば、原告は、経営改善の施策として、昭和五八年に出張所三ケ所を閉鎖し、同年度中に社宅を二棟売却したことが認められるが、原告がそのほかにどのような経費節減や遊休資産の売却等を実施したかは明確でない。

かえって、(証拠略)によれば、原告は、従業員の給料(年収)が減額されている中、役員報酬については、昭和五七年度に僅かではあるが増額し、昭和五八年度以降もこれを維持していること、昭和五八年六月から一二月ころにかけて、簿価約六〇〇〇万円の事務所一棟を建設しながら、これを原告代表者有馬正継が経営する北海航業株式会社に社屋として使用させていること、また、原告の保有する土地は、簿価で昭和五七年度に対前年度比で三四〇〇万円余り増加しており、有形固定資産全体でみても、昭和五六年度には四億五三八三万五〇〇〇円であったものが、昭和五七年度には五億〇一九三万一〇〇〇円、昭和五八年度には五億〇八〇一万七〇〇〇円と積み増しされていることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(四)  更に、前示認定の事実、(証拠略)によれば、〈1〉原告は、昭和四〇年ころから昭和五八年三月までの約一八年間、従業員に平均月五〇時間、最大一〇〇時間もの時間外労働をさせながら、労働基準法に違反して法定賃金以下の賃金しか支払わなかったが、本件命令が発せられた昭和六一年八月当時、原告は従業員に対し、昭和五八年三月から以前二年間の時間外労働に対する未払賃金約二七〇〇万円を支払ったに過ぎず、その余の分を支払っていないこと、〈2〉原告は、昭和四五年四月から退職共済掛金と称して従業員の基本給の約五パーセントを天引きしており、これを借入金の担保などに利用していたが、昭和五八年七月一日以降、元利金として、一定の金員を従業員に一方的に返済したものの、過去天引きされていた金額の内訳や合計を明確にしていないこと、〈3〉原告は、本件団体交渉の当時時価数億円を下らない青森銀行の株式を所有していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(五)  したがってこれらの事実からすれば、昭和五九年度賃金引上げに関する団体交渉の当時、原告が、真に人件費の抑制ないし削減をしなければならないような経営状態であったのかどうか、客観的にも多分に疑問の余地があるといわざるを得ない。

四  請求原因2(一)について

1  不当労働行為の成否について判断する。

(一)  労働組合法七条二号は、使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なく拒むことを禁止しているところ、右団体交渉応諾義務とは、当然に誠意をもって誠実に交渉を行うべき義務であると解するのが相当である。

(二)  本件において、原告は、補助参加人らとの昭和五九年度賃金引上げに関する団体交渉において、団体交渉当時及びその直前に受注が減少しており経営不振となっていること並びに今後の受注見通しも悪く経営状態の改善が望めないことなどを理由として、いわゆるゼロ回答に終始しているものである。

一般に、使用者が、団体交渉において、組合の賃金引上げ要求に対しこのような回答をしているときには、労使間で、〈1〉使用者の主張する受注の減少及びその見込みが客観的に存在するか、〈2〉これが存在する場合にも、経費の削減や内部留保の取崩し等経営上の努力によって、なお賃金引上げをする余地がないかどうかをめぐって、交渉が行われるのが通常であり、また、〈3〉本件のように、組合員が使用者の特定の営業部門に雇用されている場合には、当該組合員の属する営業部門及び使用者の営業全体のそれぞれについて、右〈1〉〈2〉のような事情があるかどうかが、団体交渉における検討の対象となるのが通常であると考えられるが、このような場合、組合にとっては、使用者の回答の正当性を判断し、また組合の対案を提出するために、使用者側から右〈1〉ないし〈3〉の各点に関する各種の経理資料の提出を受け、これに分析、検討を加えることが通常必要不可欠であって、使用者側がこのような資料の提供を拒否し、客観的根拠のはっきりしない口頭の説明を繰り返すときには、労使間の団体交渉が実質的な進展を見ないことは明らかである。

また、使用者においても、右のような回答をしている以上、信義則上、自己が保有する右〈1〉ないし〈3〉の各点に関する経理資料を提出する等して回答の根拠を明確にすることが、当然要請されているものといわなければならない。

(三)  したがって、本件のように、(1)団体交渉の対象となっているが、賃金額の決定という労働者にとって最も重要な労働条件の一つであって、(2)団体交渉の当時、そのまま経過すれば、過去二〇年以上継続されてきた定期的な賃金引上げが停止されたままの状態で二年目に入るという極めて異例な事態となっており、(3)前示のとおり、問題となっている使用者側の回答の正当性を判断し、補助参加人らの対案を提出するためには、経理資料自体を持ち帰り、これに分析、検討を加えることが必要不可欠であり、(4)特に本件の場合、前示三3認定のとおり、客観的には、原告の経営状態に関する説明の正当性について多分に疑問の余地があったというような事情もあり(なお、補助参加人らは、原告との団体交渉において、右三3認定の事実をすべて認識していた訳ではなく、原告の経理資料を入手することができなかったため、むしろ、知ることができなかった事実の方が多かったものと推測されるが、原告の口頭の説明だけで疑間もなく納得できたとは到底考えられない。)、補助参加人らにとって、原告の経営実態を把握するための資料の提供を受ける必要性が極めて大きかったと認められるのであるから、昭和五九年度賃金引上げに関する団体交渉において、原告が補助参加人らに対し、単なる口頭の説明をするに止まり、前示(二)〈1〉ないし〈3〉の各点に関する経理資料を提示するなどして、賃金引上げができない理由について詳細な説明をしなかったことは、誠実に団体交渉に応じなかったものとして、労働組合法七条二号の不当労働行為を構成するものといわなければならない。

(四)(1)  これに対し、原告は、右経理資料の提出は原告の経営権の範囲内の事項であるから、これを提出しなくとも不当労働行為は成立しないと主張するが、実定法上、経営権なる概念が直ちに一定の内容を持った権利として認められるかどうかはさておき、そのような権利の故に、理由のない団体交渉の拒否が正当化されるものとはいえないから、この点に関する原告の主張は、採用することができない。

(2)  また原告は、昭和五九年度賃金引上げに関する団体交渉においても、原告の経営実態について充分な説明をしているから不当労働行為は成立しないと主張し、(証拠略)及び原告代表者の供述中にも、これと同趣旨の部分があるが、そこで説明したとされるのは、いずれも日本経済ないし測量業界全体の動向に関する抽象的な説明に過ぎず、団体交渉の実質的進展に特に資するものでないことが明らかであるから、これらの証拠によって前示の判断を左右することはできない(なお、原告は、本件不当労働行為救済申立て以降の団体交渉において、経営実態に関する具体的説明をしていると主張しているが、これらの団体交渉は昭和五九年度の賃金引上げに関するものではないから、右主張事実は、直接本件の不当労働行為の成否を左右するものではない。)。

(3)  更に原告は、補助参加人らが経理資料の提出を要求したのは、資料自体を原告から提出せしめ、これを暴露して不当な対外宣伝活動に利用しようとする目的に出たものであるから、原告が補助参加人らに右経理資料を提示しなかったことには正当の理由があると主張し、(証拠略)及び原告代表者の供述中には、これに沿う部分があるが、右供述部分は、客観的な根拠に欠け、直ちに措信することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  本件命令主文第一項の正当性について判断する。

(一)  原告は、本件命令主文第一項は、補助参加人らが請求する救済の内容を超えて、将来申し入れられることのあるべきすべての賃金引上げ及び一時金の団体交渉について、原告に具体的資料の提出を命じているが、これは被告の裁量権の範囲を逸脱するものであると主張する。

しかし、前示三2(三)認定の本件不当労働行為救済命令申立て以後の経過によれば、原告は、昭和五九年度賃金引上げのみならず、それ以降の賃金引上げ及び一時金支給に関する団体交渉においても、補助参加人らに提供すべき経理資料を堤供せず、必要な具体的説明を拒否しているものというべきであるから、将来前示認定した不当労働行為と同種、類似の不当労働行為が繰り返されるおそれがあったと認めるのが相当である(なお、昭和六〇年四月三〇日の団体交渉で、原告が補助参加人らの要望する項目については説明する旨述べていることは、前示認定のとおりであるが、当日の交渉経過を子細に検討すれば、全体としては原告が、補助参加人らの要求していた貸借対照表、損益計算書、営業報告書などを提出する意思のないことを明言し、原告の経営実態に関する具体的な説明を拒否する趣旨に出たものであったことは明らかであるから、右事実は、前示の判断を左右するものではない。)。

そして、労働委員会の救済命令において、労働委員会は、申立てにかかる具体的事実が不当労働行為に該当すると判断した場合、その裁量により個々の事案に応じた適切な是正措置を命ずることができ、特に、認定した不当労働行為と同種、類似の不当労働行為が繰り返されるおそれがあるときは、その裁量権の範囲内で、予めこれを禁止する救済命令を発することもできるものと解すべきであるから、補助参加人らから将来申し入れられる賃金引上げ及び一時金に関する団体交渉について、原告の経営実態に関する具体的資料を提出すること等によって誠実に応ずべきことを命じた本件命令主文第一項は、右裁量権の範囲を逸脱するものでないことが明らかであり、相当な措置として是認することができる。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

(二)  また、被告が、昭和五九年度賃金引上げに関する原告の対応のみを不当労働行為として認定したものであることは、本件命令の理由から明らかであるから、補助参加人らが不当労働行為を構成するとして主張した事実以外の事実について不当労働行為の認定をした違法があるとの原告の主張も理由がない。

(三)  また、原告は本件命令主文第一項は、原告の尽くすべき義務の内容を特定していない抽象的一般的救済命令であって、労働委員会の裁量権の範囲を逸脱している旨主張するが、理由を含めて本件命令をみれば、本件命令主文第一項は、賃金引上げ及び一時金に関する団体交渉において、原告が補助参加人らの要求に応じることができない根拠として主張する原告の経営実態を客観的に明らかにする具体的資料(その内容は前示1(二)(三)に判示したところに係る経理資料ないしこれと同等の経理資料と解すべきである。)を提出する方法で、誠意をもって団体交渉に応じなければならないという趣旨であることが明らかであるから、原告の右主張は理由がない。

(四)  更に、原告は、補助参加人らは、遅くとも昭和六〇年四月三〇日の団体交渉の当時、原告の経営実態に関する経理資料を入手しており、そうでないとしても、どのような経理上の数値を知りたいのか具体的に申し出て欲しい旨の原告の申入れに対する申出をしなかったのであるから、補助参加人らには救済利益がなくなったと主張するが、原告主張の当時補助参加人らが原告の経営実態を知りうべき具体的資料を入手していたとの事実を認めるに足りる証拠はなく、また、前示のとおり、原告の右の申入れは、経理資料提出要求拒絶のための一表現方法にすぎず、誠実に団体交渉を進展させようとするものとは認め難いから、原告の右主張もまた採用することができない。

五  請求原因2(二)について

1  不当労働行為の成否について判断する。

(一)  前示認定の事実によれば、本件は、原告が第一次及び第二次希望退職者の募集及び指名解雇の実施を計画して、その旨補助参加人ら及び従業員に予告し、そのうち第一次希望退職者の募集を実施したものであるということができる。

これに対し、原告は、希望退職者の募集を実施したにすぎず、指名解雇については、これを予告したのではない旨主張し、(証拠略)及び原告代表者の供述中には、右主張に沿う部分があるが、これらの証拠は、前示認定の各事実に照らし直ちに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  そして、前示認定の事実、持に、〈1〉第一次希望退職者の募集ないし昭和五九年一〇月一七日の団体交渉における第二次希望退職者の募集及び指名解雇実施の予告が、原告による団体交渉拒否の不当労働行為と同時期にこれと平行してなされている事実、〈2〉昭和五九年一〇月一七日の団体交渉における原告代表者のいわゆる組合敵視の発言、〈3〉原告が団体交渉の場で人員削減の必要性についてなんら実質的な説明をしなかった事実、〈4〉前示指名解雇の基準中、同第六、第七、第八及び第一〇項はもっぱら補助参加人らの組合活動を対象としたものと認められることなどによれば、右指名解雇実施の予告は、経営不振に籍口して、補助参加人ら組合の壊滅、弱体化を企図してなされたもので、第一次希望退職者の募集及び第二次希望退職者募集実施の予告もこれと一体として、同様の意図のもとに実施されたものとみるのが相当である。

したがって、右指名解雇及び希望退職者募集の実施の予告並びに希望退職者の募集は、労働組合法七条三号に違反する支配介入の不当労働行為であって許されないものといわなければならない。

(三)  これに対し、原告は、右のような不当労働行為の意思はなく、また右指名解雇の基準も正当な組合活動を対象とするものではないと主張し、(証拠略)及び原告代表者の供述中には、これに沿う部分があるが、これらは、前示認定の各事実に照らし直ちに措信することができない。

2  本件命令主文第二項の正当性について判断する。

前示認定の本件不当労働行為救済申立て以降の団体交渉及び第二、第三次希望退職者の募集の経過からすれば、原告は、将来にわたり、右認定した不当労働行為と同種、類似の不当労働行為に出るおそれが多分に認められたのであり、これに反する(証拠略)及び原告代表者の供述は直ちに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって、被告は、その裁量権の範囲内で、予めこれを禁止するため必要な救済命令を発することができるところ、人員削滅の必要性が存在するか否か等については、労使の自主的な交渉によって協議されることが望ましいのであるから、原告と補助参加人らとの間の協議を希望退職者募集及び指名解雇実施の条件とした本件命令主文第二項は、相当な措置であって、被告の裁量権を濫用ないし逸脱したものとはいえず、また、原告の固有の権能を不当に制約するものでもないといわなければならない。

したがって、これが違法な包括的一般的救済命令であるとの原告の主張には理由がない。

六  請求原因2(三)について

以上のとおり、被告の本件命令主文第一、第二項には、いずれも違法な点はないから、本件命令主文第三項に関する原告の主張は理由がなく、第三項もまた相当として是認することができる。

七  以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九四条を適用し、よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口忍 裁判官 山田敏彦 裁判官 夏目明徳)

命令書主文

1 被申立人東北測量株式会社は、申立人全日自労建設一般労働組合青森県本部及び同東北測量分会の申し入れた賃金引上げ及び一時金に関する団体交渉について、申立人らに対し、被申立人の経営実態を具体的に把握し得る資料を提示する等、誠意をもって応じなればならない。

2 被申立人は、申立人らと誠意をもって協議した上でなければ、希望退職者の募集及び指名解雇を行ってはならない。

3 被申立人は、この命令書の写しの交付の日から七日以内に、下記内容の文書を縦一メートル、横二メートルの白色木板に続みやすく墨書して、被申立人本社の正面玄関の見やすい場所に一〇日間掲示しなければならない。

昭和 年 月 日

全日自労建設一般労働組合青森県本部

執行委員長 工藤勝三殿

同東北測量分会

執行委員長 松原征夫殿

東北測量株式会社

代表取締役 有馬正継

当社が、貴県本部及び貴分会の申し入れた昭和五九年度賃金引上げ要求に関する団体交渉に誠意をもって応じなかったことは、労働組合法第七条第二号に該当する不当労働行為であり、貴県本部及び貴分会と誠意をもって協議することなしに希望退職者の募集及び指名解雇の発言をしたことは、労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為であると、それぞれ青森県地方労働委員会に認定されました。

よって、当社は、今後このような不当労働行為を繰り返さないことを誓います。

(注 年月日は、文書を掲示する日を記載すること。)

4 申立人らのその余の申立ては、これを棄却する。

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